川上健一「翼はいつまでも」は5,6年前に「本の雑誌が選ぶ年間ベスト」のベスト1に選ばれた小説だということは記憶していたのだが、昨日古本屋で見つけたので買ってきて読んだ。
舞台は1960年代の青森県十和田市、主人公は野球部補欠の中学生。中学2年秋から3年夏までの物語。主人公を中心にその友情、初恋、別れいや旅立ちと言うべきか、それらが美しい自然を背景に濃密に描かれている。とりわけ3年夏休みの十和田湖畔でのドラマ、初恋相手多恵の旅立ちのシーン、幾度も目頭を熱くした。
またこの小説の会話にたびたびでてくる「はんかくさーい」という言葉、十和田にほど近いところの出身である僕もほとんど忘れ去っていた。そうだった、あの頃女子生徒はよく「はんかくさーい」といっていたものだった。僕にとっては、自らの中学時代ともオーバーラップしノスタルジックな物語としても読めたのだった。
それにしても驚いたのは、今朝5時にトイレに起きてきた中学生のわが息子だったろう。寝ぼけ眼の息子が目にしたのは、食卓のいすに胡坐をかき、納豆かけごはんを食べつつ、この小説の最終あたりを読んでいてハラハラと涙している父親の姿だった。
舞台は1960年代の青森県十和田市、主人公は野球部補欠の中学生。中学2年秋から3年夏までの物語。主人公を中心にその友情、初恋、別れいや旅立ちと言うべきか、それらが美しい自然を背景に濃密に描かれている。とりわけ3年夏休みの十和田湖畔でのドラマ、初恋相手多恵の旅立ちのシーン、幾度も目頭を熱くした。
またこの小説の会話にたびたびでてくる「はんかくさーい」という言葉、十和田にほど近いところの出身である僕もほとんど忘れ去っていた。そうだった、あの頃女子生徒はよく「はんかくさーい」といっていたものだった。僕にとっては、自らの中学時代ともオーバーラップしノスタルジックな物語としても読めたのだった。
それにしても驚いたのは、今朝5時にトイレに起きてきた中学生のわが息子だったろう。寝ぼけ眼の息子が目にしたのは、食卓のいすに胡坐をかき、納豆かけごはんを食べつつ、この小説の最終あたりを読んでいてハラハラと涙している父親の姿だった。